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長野地方裁判所 平成9年(ワ)297号 判決 1998年8月12日

主文

一  原告が、被告に対し、別紙自動車共済目録記載の契約に基づき、別紙事故目録記載の事故について、共済金請求権を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、交通事故の加害者となった原告が、その父親と被告との間の自家用自動車総合共済契約の他車運転危険担保特約に基づき、右事故による損害賠償債務について被告に対し共済金請求権があると主張してその旨の確認を求めたものである。これに対し、被告は、原告による加害車両の運転は「使用について正当な権利を有する者の承諾を得ていない」という免責条項該当事由があると主張して争う。

一  前提事実

争いのない事実、証拠(乙一、証人岡澤、同高橋、原告本人)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。

1  原告の父市川春雄は、平成九年六月一八日、被告との間で、次の内容の他車運転危険担保特約の付された別紙自動車共済目録記載の自家用自動車総合共済契約を締結し、そのころ、被告に対し、その共済掛金三万五八五〇円を一括して支払った。

(一) 被共済者の所有にかからない自動車を被共済者の同居の親族が運転し事故を起こした場合であっても、かかる事故車両を被共済自動車とみなし、共済金を支払う。この場合において、事故を起こした同居の親族も被共済者に含まれ、同居の親族は直接の共済金請求権を有する(以下、この条項を「本件特約条項」という。)。

(二) ただし、被共済者又はその同居の親族が他の自動車の使用について正当な権利を有する者の承諾を得ないでその自動車を運転しているときに生じた事故については共済金を支払わない(以下、この条項を「本件免責条項」という。)。

2  市川春雄の子であり同人と同居している原告は、平成九年八月二四日、過失により別紙事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)を生じさせ、よって被害者を死亡させた。

3  原告が本件事故の加害車両(以下「本件車両」という。)を運転するに至った経緯は次のとおりである。

(一) 本件車両(昭和六三年式ブルーバード)を所有し、その登録名義を有していた佐久間佑二は、長野トヨタ自動車株式会社の営業所の一つであるデュオ川中島からフォルクスワーゲン・ポロを購入し、平成九年八月七日ころその納車を得たが、その際、佐久間は、右購入自動車の下取車として本件車両をデュオ川中島に無償で譲渡した。

(二) 右取引を担当したデュオ川中島の従業員である岡澤栄一は、老朽化していた本件車両を近いうちに廃車とする予定であったため、本件車両の下取りの事実を契約書に記載せず、これを佐久間方から引き取った後、登録名義の変更も、任意保険を付けることもせず、デュオ川中島の駐車場に置いていた。

(三) 岡澤の高校時代からの親しい友人であり、株式会社タカ商を経営する高橋定之は、タカ商名義の社用車として使用していた古いアウディが不調となったため、同年八月八日か九日ころ、岡澤に対し、同年九月ころに売り出される予定の新型アウディをデュオ川中島から購入するから、それまでの間の代車を手配して欲しいと申し入れた。デュオ川中島では内規により顧客に代車を貸与することを禁じていたが、岡澤は、同日ころ、本件車両を代車として高橋に無償で貸与した。その際、岡澤は、高橋に対し、本件車両には任意保険が付いていないことを注意しただけであった。

(四) 高橋は、そのころ、タカ商名義で購入した輸入住宅を建築する大工として、右住宅の販売会社から、アメリカ人であるトーマス・ショウン・ウェイとグレッグ・ポール・ブルームの派遣を受けており、右両名が通勤等に使用する自動車として、タカ商名義の社用車であるハイエースを右両名に貸与していたが、同年八月二三日、右ハイエースが故障して動かなくなったため、本件車両を右両名に貸与した。

(五) 右同日(同年八月二三日)夕刻ころ、原告とその友人は、たまたまトーマス、グレッグと知り合い、話すうちに、トーマスらとの間で、翌二四日午後一時に長野電鉄湯田中駅前で待ち合わせて湯田中温泉を案内するという約束をした。原告は、その際の会話の中で、トーマスとグレッグが勤務先の自動車を借りて運転していることを聞いた。

(六) トーマスとグレッグは、右のような原告らとの約束があったため、同年八月二四日(日曜日)午前一一時ころ、高橋方を訪れて右事情を説明し、高橋から本件車両を右目的のために使用する許諾を得た。

(七) トーマスとグレッグは、右同日午後一時ころ、本件車両で湯田中駅前へ行き、原告らを乗せ、トーマスの運転で、原告らの案内を受けつつ湯田中温泉の観光をしていたが、原告は、地獄谷の駐車場でトーマスから運転の交代を求められ、また、日本の道路に慣れていないトーマスより自分が運転した方がいいだろうと思ったため、本件車両を運転することとした。

原告は、本件車両について、前記のとおりトーマスらから勤務先から借りているものである旨説明を受けていたが、それ以上の権利関係については何も知らないまま本件車両を運転し、本件事故を惹起した。

二  争点

原告による本件車両の運転は、本件免責条項に該当するか。

1  原告の主張の要旨

(一) 本件特約条項は、共済契約者の同居の親族が一時的に他人の所有する車を運転して事故を起こした場合にも、それを共済事故と見なすことにより、共済契約者及びその同居の親族の保護を厚くするものであるが、同居の親族が他人の所有する自動車を無断で運転した場合にまで保護を与える必要性はないことから本件免責条項が設けられているものである。

したがって、本件免責条項は、詐取、窃取した自動車を運転したなど、その運転自体が不法、不当である場合に本件特約条項の適用を否定するものと解すべきであり、そうすると、本件免責条項にいう「使用について正当な権利を有する者」とは、所有者、使用名義人に限らず、これらの者から正当に貸与を受けた者まで含むと解するべきである。

以上の観点及び前記前提事実によれば、デュオ川中島とともに高橋もまた「使用について正当な権利を有する者」に該当し、高橋は、トーマスらに対し本件車両の使用を許したものである。

(二) 仮に本件免責条項にいう「使用について正当な権利を有する者」がデュオ川中島のみであるとしても、デュオ川中島は、本件車両を高橋又はタカ商の関係者が使用することを許していたのであり、トーマスらによる使用はその承諾の範囲内であったというべきである。

(三) そして、原告は、たまたまトーマスと運転を交代し、トーマスらが同乗する中で本件車両を運転したのであるから、それはトーマスらによる本件車両の利用の一形態ということができ、しからずとしても、原告の運転は、デュオ川中島又は高橋が予想しうる範囲の者への又貸しであって、いずれにしても前記デュオ川中島又は高橋のした承諾の範囲内の行為であったということができる。

2  被告の主張の要旨

(一) 本件特約条項は、共済契約者の同居の親族がやむを得ない事情から他人所有の自動車を緊急避難的に運転する際に起こした事故を共済事故とするものであるところ、高橋は、一か月くらいの期間使用する予定で本件車両を借り受けたのであるから、自ら任意保険を付すべきであったということができ、このような場合は本件特約条項が予定するところではない。

(二) 正当な権利を有する者の承諾の有無については、客観的に判断すべきであり、運転者の認識がどうであったかは、事故を担保するか否かの判断を左右するものではない。

(三) 本件車両は、岡澤が、所有者であるデュオ川中島の許しを得ずに高橋に貸与したものであるから、岡澤から高橋への貸与は、正当な権利を有する者の承諾を得てなされたものではない。

また、原告が本件車両を運転することは、岡澤も高橋も全く予想しておらず、特に岡澤は、前記前提事実によれば、高橋とその家族以外の者が本件車両を運転することを許していたとは考えられないから、この点から見ても、原告は、正当な権利を有する者の承諾を得て本件車両を運転したとはいえない。

第三当裁判所の判断

一  本件免責条項の趣旨について

本件特約条項は、被共済者の同居の親族が、社会生活上様々な事情から他人の自動車をたまたま運転して事故を起こしたところ、当該自動車に任意保険が付いておらず又は当該事故について当該自動車に付された任意保険の適用がないなど、あたかも車両単位を原則とする自動車保険制度の隙間に陥ったといえるような場合に、当該事故を共済事故として取り扱うことにより、当該同居の親族をその隙間から救済しようとするものであると解される。

そして、右のように本件特約条項が被共済者の同居の親族という属人性を基礎とするものであることからすると、本件免責条項が「使用について正当な権利を有する者の承諾」を得ないで当該自動車を運転した場合を免責事由としているのは、そのような不道徳な行為をした者に対しては救済を与える必要がないという道徳的価値判断に基づくものと解される。なぜなら、当該自動車の運転について「使用について正当な権利を有する者の承諾」を得ているか否かによって、危険率(事故率)に有意的な差異が存するとは考えられないからである。

すると、当該同居の親族が当該自動車を運転するに際して、「使用について正当な権利を有する者の承諾」があるものと信じるについて合理的な理由があれば、客観的に見てそれを欠いていたとしても、道徳的に非難されるべき理由はないから、本件免責条項には該当しないというべきである。

これに対し、「使用について正当な権利を有する者の承諾」があれば、当該同居の親族は、許諾被保険者として当該自動車に付された任意保険の適用を受ける場合があるから、右承諾の有無については、客観的に判断すべきであるとの見解もあり得ないではない。しかしながら、この見解によれば、当該同居の親族の本件特約条項に対する正当な期待を裏切る場合もあり得ないではなく、また、前記のように、本件特約条項の趣旨が車両単位を原則とする自動車保険制度の隙間から当該同居の親族を救済するというものであれば、当該自動車に付された任意保険の許諾被保険者としての保護がない場合こそ、本件特約条項の機能することが期待される場面であるということもできるのであるから、右見解を支持することはできない。

二  前記前提事実によれば、本件免責条項に係わる事実関係については、次のとおり判断される。

1  本件車両の所有者であるデュオ川中島は、従業員が顧客に代車を貸与することを禁じていたが、それはデュオ川中島の内規に過ぎず、高橋は、右内規の存在を知らなかったこと、また、ディーラーが顧客の所有する自動車を修理・点検等のために預かる際には代車を提供することが広く一般に行われていることからすると、高橋が右内規の存在を知らなかったことについて過失があったとはいえないことから、デュオ川中島と高橋との間の本件車両に係る使用貸借は、有効に成立したものというべきである。

そして、本件車両がタカ商の社用車として使用されていた古いアウディの代車として貸与されたものであることからすると、右使用貸借においては、タカ商の社用車として使用するにつき合理的な範囲の使用者及び使用方法が予定されていたと解すべきである。

2  トーマスとグレッグは、タカ商名義で購入した住宅を建築するために派遣された大工であって、右住宅建築債務の履行補助者であり、高橋は、以前からタカ商の社用車を彼らに使用させていたことなど、彼らを従業員に準じる者として扱っていたことが窺われ、一般に、従業員が勤務先の自動車を権限ある者の承諾を得て一時的に私用に借り受けることは特に異例なことではないことからすると、高橋がトーマスらに対し私用のためであることを知りながら本件車両を貸与したことは、タカ商の社用車として使用するにつき合理的な範囲を超えた行為であったと認めることはできない。

3  また、トーマスは原告に対し運転の交代を求めて本件車両を運転させたものであるが、その運転中も、トーマスとグレッグは、本件車両に同乗していたのであり、原告に独立の占有使用を許したものではなく、彼らが日本の道路に不慣れであったであろうこととも併せ考えれば、トーマスらが本件車両を原告に運転させたことがタカ商の社用車として使用するにつき合理的な範囲を超えた行為であったと認めることはできない。

4  また、原告は、本件車両を、トーマスとグレッグが勤務する先から借りて乗っている車であるとの説明を受け、その旨認識しており、日本の道路に不慣れなトーマスが運転するよりも自分が運転した方がいいだろうと思って運転の交代に応じたのであるから、自己の運転が、本件車両の「使用について正当な権利を有する者の承諾」の範囲内であると信じるについて合理的な理由があったというべきである。

三  以上の認定判断によれば、原告による本件車両の運転は、使用について正当な権利を有するデュオ川中島の承諾を得ていないとはいえないばかりでなく、原告は、本件車両を運転するに際し、その運転が、使用について正当な権利を有する者の承諾の範囲内であると信じるについて正当な理由があったというべきであるから、本件免責条項に該当するということはできない。

なお、被告は、高橋が長期間本件車両を借り受ける予定であったことを理由として本件事故につき本件特約条項が適用される場合ではない旨主張するけれども、その主張について確たる根拠があるとは認めることができず、これを採用することはできない。

四  よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 針塚遵)

自動車共済目録

1 被共済者 市川春雄

2 車名 トヨタ スターレット

3 登録番号 ナガノ―五七―ラ―三〇五五

4 型式 E―EP八五

5 初年度登録 平成三年七月

6 用途・車種 自家用小型乗用車

7 担保条件 全年齢担保

8 対人賠償 無制限

9 対物賠償 金一〇〇〇万円

10 共済期間 平成九年六月二九日午後四時から平成一〇年六月二九日

事故目録

発生日時 平成九年八月二四日午後六時四五分頃

発生場所 長野市青木島町大塚一四四番地一

加害者 住所 下高井郡山ノ内町大字平隠四一七七番地四二

氏名 市川寛子(昭和四七年五月五日生)

車種 普通乗用自動車

車両番号 長野五七に七七六一

被害者 住所 長野市大字東和田五五三番地四

氏名 笠松俊彦(昭和三七年九月二日生)

車種 普通自動二輪車

車両番号 一習志野す二四二六

以上

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